「渡来船-とらいせん-」
「カーっ!今日もついてないゼーっ!!」 (--y)
ここ最近の俺はついていなかった・・・何をするにしても裏目にモノゴトが進んでいくのである。
会社では俺が3ヶ月がかりで練り上げたプロジェクトがボツになり、一コ下の後輩のプロジェクトが採用になった。
挙句の果てにその後輩の補佐役として傘下に加わるハメになった・・・。
プライベートでも彼女とささいな事で口喧嘩をして、いまは口すら聞いてもらえない毎日でもある・・・。
俺は思い出すたびに鬱憤と苛立ちが、自分の体を支配していく。
「やってられねーよ!!」
今日、何度目かの一人愚痴をこぼすと、またビールを浴びるように飲み干していった。
ここ東京は下北沢の一角にある俺のいきつけのお店BAR「渡来船」。
下北沢はまるで上野のアメ横みたいな駅前商店街とフツーの家が静かに並ぶ住宅街である。
その間にくいこむように、ぽつぽつとお店を出しているアンティークショップや古着屋さんもある。
夕方は買い物カゴにサンダルばきのオバサンとオシャレをした女の子たちが、
なんの不思議もなく同じ道を行き交っている面白い町でもある。
そんな雰囲気が好きになり、俺は東北の田舎を捨てこの街を選んで出てきたのである。
そして「夢」を求めて生活をするようになって、はや4年の月日が流れたのだった。
「カズ君、もうお酒はそのへんにしといたら〜?これ以上飲んだら、明日の仕事ができなくなるよ・・・。」
女船長さん(マスター)こと みゆきが心配そうに声をかけてきてくれた。

「まだまだ、夜はながいんだお〜!これから〜これから〜!!」
そしてまたジョッキにはいったビールをいっきに飲み干すのでした。
「きゃー、いい飲みっぷり〜!」
船員(クルー)の女の子が歓声をあげてあおりはじめた。
いい気分になった俺はその声に答えるために立ち上がろうとしたが、一瞬目の前がくらくなってバランスをくずしてしまった。
「ほら〜、いわんこっちゃない〜!」
あきれかえった みゆきが床に座り込んでいる俺を手助けするようにおこしてくれた。
彼女は身長が170センチくらいある大柄な女性であり、モデルになってもおかしくない美貌の持ち主でもあった。
渡来船は俺が田舎から出てきて誰も知り合いがいなかった頃見つけたお店で、
最初は寂しさを紛らわすために通っていたのだが・・・!?
・・そう、俺がここに出入りする最大の理由は女船長や船員の制服が可愛いのだ!!(苦笑)
それは海軍をイメージしたセーラー服であるが、現役女子高生でも見劣りするくらいの「清楚」な感じが、
またこのお店をいやらしく感じさせずにいた。
店内も15〜16世紀の渡来船をイメージされた造りでできており、
その手の人達も楽しめるような雰囲気であり、また落ち着きがあってよかった。
「ほら、今日はかえりなさいな。お代はこんどでいいから〜。 今タクシーよんであげるから、待ってなさいね〜。」
昔はヤンキーだった女船長といえど、意外と年下思いのよい姉御でもある。
「いいよ!夜風にあたりながらゆっくり帰るから・・・それぢゃ・・・おやすみ・・・」
案外素直にひきさがった俺は、たよりなげな足取りでお店を後にした。
「また来てねー!」
船員(クルー)の女の子が笑顔で手を振っていた。初秋ということもあり、夜はいくぶん涼しさを感じることができた。
なんと心地よい風が俺のそばを通り抜けていく。
「はうー、気持ち悪るぅー!調子のって飲みすぎたかも〜・・・」
ふらふらと千鳥足で歩いては、道端にうずくまる俺に誰かが声をかけてきた。
「お兄さん、大丈夫ですか?」
ふと見上げると、そこには一人の女性が心配そうにこちらを見つめていた。
(唖然・・・。)
(もしかして・・・吸血鬼さん!?)
俺は言葉にでないほど心底驚いたのだ!!
その女性の格好は、なっ、なんと、いまどきではめずらしいマント姿をしていたのだ!!
「うっ、美しい・・・」(うっとり)
彼女の歳は俺より少し年下であろう。体格はやや小柄で細身。
艶やかな美白色の肌はあくまできめ細かく、豊かな黒い髪は水流のような直毛だった。
美貌はというとかなりの美女ではあるには違いないのだが、
多くの男達はあえて敬遠するだろう近づきがたさがどことなく漂っていた。
黒い瞳に秘められた光は強靭な意志を表しているが、心優しい朗らかさを感じることができた。
それに彼女をすっぽり包み込むサテンのマントもインパクトがあった。
全体が光沢のある漆黒であるためか、最初見たときは体が闇と同化して顔だけが空中に浮いているように思えた・・・。
この間、彼女に魅了された時間にしてはほんの数秒だったろうけど、俺にとっては永遠に感じられた・・・。
「うふっ・・・美しいって、何が?」
「いいや、あなたのことだけど・・・」
「苦しそうにしていたから、声をかけてあげたのだけど・・・。あーあ、心配して損しちゃったなぁ!」
(途方にくれる俺・・・)
「だってー、そんな冗談いえるんですもん!きゃはは!」
屈託のない笑い声とともに彼女が歩き出すと、マントがひらひらと風になびいた。
「ねー、どうしてそんなマントを羽織っているの?」
俺はすんなりと心に湧き出た疑問を、素直に彼女にぶつけてみた。
「ああ、このマントねー!」
数歩前を歩いていた彼女が俺に振り返ると、マントの裾をつまみながら「くるっ」っと一回転して見せてくれた。

「ほら、素敵なマントでしょう!?きゃはは!!これはあたしの大事な商売道具なのよ・・・」
俺は羽織ったマントの赤い裏地にくぎづけになりながらも、秋風に運ばれてきたのだろう彼女の香水のバラのかほりを感じ取った。
「えっ、商売道具って?」
「ん、あたし占い師なの!ま、OLさんに制服があるように、あたしの場合はマントが制服なわけなのよ」
「ふーん。でもなんでこんな真夜中にそのマントを着てるわけなの?」
そう質問をした俺に、彼女はもういちどマントの裾をつかむと両手をかるくひろげた格好のまま会釈した。
(どきっ!)
一瞬、俺の体に稲妻らしき閃光がはしった。
「きゃはは、それは・・・ひ・み・つ。てへっ!!」
彼女は俺をからかうように舌を出してみせた。
「じゃお兄さん、気をつけて帰ってね
若い女の子には注意して帰らないと、痛い目にあうわよ!」
「ん、どういうこと?」
若い女の子に注意しろとは・・・。
「きゃはは!」
俺はもう一度彼女に声をかけようとしたのだが、既に彼女は闇にまぎれてみえなかった・・・。
後に残った彼女の笑い声と、バラの残り香だけが、俺の頭の中に心地よい刺激となって響きわたった・・・。
そして、俺はそのまま視界と意識がぼやけていった・・・。
(完)